言論の多様性こそ重要-自由なき’多様性の尊重’の欺瞞
近年、各国とも、マスメディアのみならず政府によって国民は’多様性の尊重’というフレーズのシャワー’を浴びせられ続けています。段々と同一のフレーズを日夜聞かせる’ブレイン・ウォッシュ(洗脳)’の手法にも近づいてきているようにも感じられるのですが、マスメディアが先導している’多様性の尊重’とは、実際にはその真逆の画一化に他ならないようにも思えます(ダブル・シンキング、あるいは、メビウスの輪作戦…)。そこで、本記事では、多様性の本質的な価値とはどこにあるのか、という問題を考えてみることといたします。今日、政府やマスメディアが喧伝している’多様性’とは、差別反対運動の文脈において理解されるものです。人種、民族、宗教、性別、LGBT等々、基本的には生来の属性の違いを認め、差別なき社会を築くという目的において’多様性’の尊...言論の多様性こそ重要-自由なき’多様性の尊重’の欺瞞