一年有半
『民約訳解』や『三酔人経綸問答』で知られる東洋のルソー こと中江兆民は52歳の明治34年 =1901年の4月に体の不調を覚え 結局これが癌であることが判明。 医師に 「諱むことなく明言してくれんことを請ひ… いよいよ臨終に至るまで なほ幾何日月あるべきを問ふ」と 医師は 「沈思二、三分にして、 極めて言ひにくそふに曰く 一年半、善く養生すれば二年を保すべしと」 兆民はせいぜい5、6ヶ月かと思っていたので これ幸いと著したのが遺作の 『一年有半』および『続・一年有半』である。 「一年半、諸君は短促なりといはん、 余は極めて悠久なりといふ。 もし短といはんと欲せば、十年も短なり、 五十年も短なり、百年も短なり。 それ生時限りありて死後限りなし、 限りあるを以て限りなきに比す 短にはあらざるなり、始めよりなきなり。 もし為すありてかつ楽しむにおいては、一年半 これ優に利用するに足らずや..